病気・怪我

骨折入院日記(3)

病院食は不味いなんていうのは一昔前までの話で今はちゃんと美味しいものが出ると思ったら大間違いです。味が薄いんですよ。一日あたりの塩分摂取量が決められているからということですが、だったらなぜしば漬けを出すのか。漬物は要らないから、その塩分でメインディッシュの味をどうにかしろよ。ヌー!

ある日の朝食は焼き豆腐の煮物でした。煮物と云っても味なんか無いんです。味のない豆腐で飯が喰えるか!そう叫んでちゃぶ台をひっ栗返し、重いコンダラを引っ張りたくなりました。

其んな此んなしてる中、看護学校の学生が実習に来るとのこと。そのうちの一人が僕の担当に成ってもいいだろうかと依頼されました。看護師の説明によると毎日検温したり血圧を計ったりするらしい。軽い気持ちでOKしてしまったのですが、検温どころか、着替えもしてもらうことに。当時の僕はギプスで脚が棒でしたから、自分で御パンツを脱ぎ履きすることもできません。二十歳くらいの女子にそれを手伝ってもらうわけです。なんとゆう羞恥プレイでしょうか。

ちゅーことで、手術日は2月6日に決まりました。

骨折入院日記(2)

1月29日月曜日、入院2日目です。改めてレントゲン撮影とCTスキャンをしたところ、結構滅茶苦茶な骨折で手術が必要とのこと。昨日は手術の必要はないと言ったのに、ヤブ医者め。ちゅーか、日曜月曜と整形外科の先生が休みのため、ちゃんとした診療は火曜日になるらしい。その間、僕は放ったらかしですよ。

1月30日火曜日、夕方になってやっと先生に診てもらい、ギプスを付けて呉れました。

ご覧の通り、踵から太桃までの完全装備です。これでようやく痛みから解放されました。そして、どうやっても膝が曲がらない(=痛くならない)とゆう安心感。松葉杖でトイレにも行けるようになりました。素晴らしいです。ギプスを発明した人はノーベル賞を受賞したのでしょうか。今からでも遅くないと思います。

さて、僕の家は平塚にあるため、遠く離れた新宿で手術をし、さらに何週間も入院をするのは心細い。とゆー訳で、地元の病院へ転院することにしました。2月1日木曜日、転院です。

新宿の病院は、良く云えば庶民的なところでした。転院先は大病院です。毎日体を拭いて呉れて着替えもできます。隣からうん子の臭いが漂ってくることもありません。6人部屋を4人で使ってをり広々としています。ベッドの横に車椅子を置く余裕もあります。地獄から天国へ。

消灯時間は、隣の御爺様が多少声を出していましたが、それも一時的なものでした。概ね静か。そして何か物足りなさを感じる私くし。嗚呼、僕は前の病院でお隣さんが一晩中騒いでいるのを迷惑がる素振りをしながら、実は楽しんで居たのです、アーメン。静かすぎて寝むれません。←と思ったのは初日だけでした。

骨折入院日記(1)

1月27日土曜日、僕は新宿の片隅で密やかに酒を呑ってをりました。そして翌28日の朝、事件は起きたのです。酩酊しながら、と或るビルの階段を降りていたところ、足を踏みはづし転倒いたしました。立ち上がって歩こうとするのですが、右足に力が入りません。痛くはないから、しばらく休めば大丈夫なはづ。

しばらく休んでも、でんでん動けそうにありません。タクスィーで病院へ行くことにしました。いろんな人の助けを借りてタクスィーに乗り込んでから、病院へ電話をかけます。専門医が不在だからとか、新宿区民ぢゃないからとか、いろんな理由で幾つもの病院に診療を断られます。やっと受け入れてくれる病院が見つかり、レントゲンを撮ったところ、ななななんと膝を骨折してをりました。←タイトルでヴァレてます。

ただ手術の必要はなく、患部を固定してしばらく入院すれば治るとのこと。ちょっとホッとしてベッドに横になって居るとだんだん足が痛くなっていきます。大怪我をした直後に痛みを感じないのは、大量のアドレナリンが分泌されるからだそうです。なんと紛らわしい。あの時痛ければQQ車を呼んでたのに。

激痛のため起き上がることもできづ、トイレにも行けません。初骨折で初入院そして初尿瓶ですよ。ちなみに最近は尿瓶ではなく尿器と言うそうです。プラッチック製だから?

病室は二人部屋でカーテンで仕切られてをりました。お隣さんは認知症の進んだ御爺様で夜通し「警察を呼んでください」と叫んで居ました。時にはボコボコと看護師を殴る音が聞こえてきました。また別の時には、看護師が何かガサゴソと処置をして、すると御爺さんはピタッと静かになりました。一体何をしたのだろう。音しか聞こえないのでわかりません。とても怖かったです。