病気・怪我

骨折入院日記(5)

手術後2日目で麻酔を抜きました。徐々に自分の足の感覚が戻ってきます。入院生活にも慣れ、スマホでゲヱムをするくらいの余裕はできました。

転院して、前の病院よりは静かだと最初は思って居ましたが、隣の御爺さんはナースコールが何処に有るか分からなくなって大声を出すし、斜向かいの御爺さんは10分おきにトイレに行きたがるしで、其れなりに騒がしかったです。

2月10日から12日は3連Qでした。皆様は如何御過ごしでしたか。入院患者にとって休日とゆうのは無駄な時間以外の何物でもありません。医者は休むしリハビリも休みだしで、退院へ向けてのいろんなことがストップします。土日祝日がなければ、あと1週間早く退院できたのでわないでしょうか。

2月15日木曜日、シーネを外して装具を付けることになりました。これで膝を曲げることができるように成増。膝の絆創膏を剥がして、はぢめて手術の傷跡を見ました。写真を撮り忘れたのでイメーヂ画像でどうぞ。

なを、フランケンシュタインとゆうのは博士の名前であって怪物の名前でわありません(お婆ちゃんの知恵袋)。そして、装具を付けた様子が此れです。

此の装具、弐萬伍阡圓もするんですよ。保険が適用されて七阡伍百圓の負担とは云え、高い買い物です。次に骨折した時にまた使えるので、大事に保管してをきたいと思います。

骨折入院日記(4)

2月6日火曜日、いよいよ手術です。午前9時に始まって3時間かかるそうです。朝から何か点滴を打ちます。ベッドに寝たまま手術室へ向かいます。途中、ヱレヴェーターで同じく朝一で手術の人と一緒になります。その人は自分で立って歩いてました。よし俺のほうが重症だとなぜか勝ったような気分になりました。

手術室に入って全身麻酔です。横になって、背中丸めて、何か刺されて、酸素マスクみたいの付けられて、名前を呼ばれて目が覚め鱈、全て終わってました。全身麻酔ってすごいね。

6時間かかったそうです。先生は御昼御飯を食べそびれたんぢゃないかと心配してしまいます。ちなみに僕は一日何も食べられません。不味い病院食でも食べられないとなると寂しいものです。

腰にチューブが刺さっていて、手術をした右足の感覚がありません。硬膜外麻酔とゆうやつらしいです。触ってみても水風船みたいで自分の足ぢゃないみたいです。そしてなんと知らないうちに尿道カテーテルが装着されて居ました。きゃー。初めての尿瓶に続くショッキングな出来事です。しかし慣れてみるとこれは便利です。尿意を催すこと無く自動的に排尿することができるのです。健康体でも常に付けて居たい。そう思いました。

手術後の足はこんな感じです。

一見、ギプスと変わらないようですが、シーネという副え木を脚の裏から当てて包帯で巻いて居ます。名前が縁起悪いですね。死ーネ。

骨折入院日記(3)

病院食は不味いなんていうのは一昔前までの話で今はちゃんと美味しいものが出ると思ったら大間違いです。味が薄いんですよ。一日あたりの塩分摂取量が決められているからということですが、だったらなぜしば漬けを出すのか。漬物は要らないから、その塩分でメインディッシュの味をどうにかしろよ。ヌー!

ある日の朝食は焼き豆腐の煮物でした。煮物と云っても味なんか無いんです。味のない豆腐で飯が喰えるか!そう叫んでちゃぶ台をひっ栗返し、重いコンダラを引っ張りたくなりました。

其んな此んなしてる中、看護学校の学生が実習に来るとのこと。そのうちの一人が僕の担当に成ってもいいだろうかと依頼されました。看護師の説明によると毎日検温したり血圧を計ったりするらしい。軽い気持ちでOKしてしまったのですが、検温どころか、着替えもしてもらうことに。当時の僕はギプスで脚が棒でしたから、自分で御パンツを脱ぎ履きすることもできません。二十歳くらいの女子にそれを手伝ってもらうわけです。なんとゆう羞恥プレイでしょうか。

ちゅーことで、手術日は2月6日に決まりました。